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『チョコレート工場の秘密』がおもしろかった話

チョコレート工場の秘密 (ロアルド・ダールコレクション 2)

本文なし

といきたいところだけど、そういうわけにはいかない。

ウォンカ氏にとって工場は美しくなければならないらしい。
私もコードは美しくなければならないという主義である。だからいつまで経ってもガラクタしか生み出せないんだけれど…。

この様な地獄から抜け出す方法というのがあるにはあって、それはダメなものをダメなままにとりあえず完成させようとして、ある程度動く状態になってから良くする方法だ。
おそらくこの方法を採った方が得るものも大きかろうし、何か動くものができる可能性は大きい。

えーっと、関係ない話なんだけど、ちょっと前から私は Lisper になろうと Clojure を書いている。
Clojure とは何かって?
私としては JavaLispおいしい関係というフレーズを残すのみにしておきたい。

今書いているのは「お化けももんが」というついったークライアントだ。
このガラクタ(今のところは)は Clojure で書かれる前に Ruby 製の mikutter をお手本にしたついったークライアントとして生まれた。
これはちょっとだけ続いたけれどやっぱり頓挫した。

うん、もう忘れてしまったけど別の何か魅力的なプロジェクトを思いつき、なんて云うか心変わりしたのだ。
いやはや、お恥ずかしい限りである。
このようにして私の github にはガラクタが数多くあまりコミットされないまま残されている。

前にも書いたかもしれないけど、私は何かを作ることによってその言語を学ぼうとする質だ。
この方が書き捨てのコードの山を書いて(もちろん実行して)覚えようとするよりも早いと思っている。
とはいえ、本格的にプロダクトに取り掛かる前にいくつかの書き捨てのコードを書いてはいるが。

この書き捨てのコードのことをおしゃれにスケッチ、またはコードスケッチと呼ぶことにしよう。
ポール・グラハムが書いているように、プログラマも画家みたいに何かを探求しようとしてスケッチをするのだ。

お化けももんがのリポジトリの中にもそういったコードが含まれている。ふろんとえんどでどの様に書くべきかを表したコードが。
こういうのはテストケースとして書くべきだと思ったんだけれど、やっぱり普通に書くことにした。

別にどこがどうなってたらいいかって正確にわからないといけないわけじゃなかったからね。
私が探したかったのはどう書けば許容できるくらい美しいかってことだけだったんだ。
書き方が決まってしまえば実装するのはまあ容易いことだった。

そんな感じで。